リテラでは、生徒一人ひとりの興味・関心に基づいた学びの成果を、様々な方と分かち合う場として、年に一度、『生徒作品発表会』を開催しています。生徒たちは、発表会に向けた様々な準備を通して、実践的な発表の仕方を学んでいきます。
今回は、2019年3月に行われた「リテラ 生徒作品発表会」より、新高3 T・Yくん『スキーマと合意の形成』を掲載致します。
社会問題の解決の困難さを感じていたTくん。その原因を、人間の認識という根本的な視点から探りました。
作品について
講師からのコメント
本人の振り返り
- これはどのような作品ですか?
- 人々の認識の根底の「スキーマ」というものについての説明です。難しいかもしれませんが、スキーマを意識できるようになれば、様々なコミュニケーションのずれがこの仮説で説明できることがわかります。
- どうしてこの作品をつくりたかったのですか?
- 世界中の様々な問題がなかなか解決しない理由を探りたかったからです。
- 作品づくりで楽しかったことは何ですか?
- 原稿を書くことです。
- 作品づくりで難しかったことは何ですか?
- 内容を短くすることです。
- 作品作りを通して学んだことは何ですか?
- 「スキーマ」というものに対しての意識です。別々の問題として扱われることも、「スキーマ」のスキーマがあれば、共通の土台を築けるかもしれません。
- 次に活かしたいことや、気をつけたいことはありますか?
- もっと読むときを意識して制作することです。
- 来年、研究したいことはありますか?
- 統計です。
- この作品を読んでくれた人に一言
- この中ではあまり触れませんでしたが、このシステムは案外多くの物事の基礎となっています。自然界の現象も何らかの式で表せるように、人と人の問題にも、基礎となる理論や仮説があるということがわかっていただければ幸いです。
生徒作品
新高3 T・Yくん 『スキーマと合意の形成』
現在の社会では、様々な問題が提起され、その解決に向けた努力が行われています。しかし、実際の努力に比例して、解決へと向かっているものは少数でしょう。なぜ、人々の意見は食い違い、時に暴力を伴うような、大きな争いへと発展するのでしょうか。大きな争いであればあるほど、一方の立場の人間と、他方の立場の人間とでは、大きな齟齬が生まれやすく、手を取り合うような解決策が見いだされる例は稀です。これらの諸問題の解決には、お互いの「もののみかた」への理解が必要だと考えられます。そこで、この研究発表では、人々の意識の根底にある、認識の体系、すなわち、スキーマについての話をしていこうと思います。
まず、スキーマの働きについて知っていただくために、次の写真を見てください。スキーマとは、取り入れた情報を取捨選択、翻訳、補填し、その時々で必要な情報に絞るための、今までに蓄えた知識の総体です。簡単に言えば、もののみかたを決める自動的なシステムのことです。先ほどの写真で言えば、まず紙と鉛筆があり、この時点で「鉛筆は紙に黒く文字を書くもの」「消しゴムは紙に書いた文字を消すもの」という情報が、頭の中で、無意識に選択されます。しかし、ここで「消しゴムでこすった部分が黒くなる」という、これまでのスキーマとの矛盾が生まれます。「消しゴムが紙を黒くする」という、スキーマに反した情報は、見る人を混乱させ、人によっては、消しゴムに鉛筆の芯がささっているのかもしれない、というように、辻褄を合わせようとします。さらに、「鉛筆でなぞった黒い部分に白く文字が書かれる」という、既存のスキーマとは矛盾した情報が与えられます。ここでも、人は、鉛筆によって黒く書いたところが削られたのではないかなどと、何とか辻褄を合わせようとします。
人間は無意識に、スキーマによってものを見ています。もし自分のスキーマと違うものを見ると、混乱し、何とか辻褄を合わせようとします。スキーマは、欠かすことのできない認識の機能ですが、先入観の土台にもなってしまいます。スキーマを完全にそろえることは不可能です。なぜなら、今まで得た経験と知識は、人によって違うからです。たとえるなら、絶対に外れないメガネのようなものです。他人のスキーマと自分のスキーマが一致しないと、様々な問題が発生します。例えば、自分に向かって行われる行為のすべてに敵意が含まれている、というように、事実をゆがめて捉えることを「敵意帰属バイアス」といいます。「SNSの返信が遅いから人に嫌われている」「自分だけ意見を聞かれないので馬鹿にされている」といったように感じる時は、この敵意帰属バイアスが原因であることがほとんどです。ここでは、「自分は他人より能力がない」「周りの人間は自分のことを嫌っている」といった、自身へのネガティブなスキーマが原因だと考えられます。また、スキーマは、先入観の土台にもなります。例えば、昔行われていたミゼットプロレスという競技は、低身長症の人が行うプロレスでしたが、障害者を笑い者にするのはよくないという理由で廃止されました。しかし、選手本人たちは誇りを持って仕事をしていたので、自分たちの競技がなくなったことを、非常に残念がっていました。ここでは、周囲の人間の「障害者は保護されるべき存在だ」というスキーマが、選手たちとのズレを引き起こしていました。
先程述べた通り、スキーマは外すことが出来ないので、何かを解決しようとする際には、双方のスキーマを確認して最低限認められる妥協点をさがすことが重要になります。ここで大事なことは、この話し合いはディベートではないので、相手をうちまかして意見を変えさせることが目的ではないということです。双方の意見が複雑で、例えば宗教のような非常にセンシティブな議題においての共通の理解を得るのに有効な議論の方法に、Rogerianメソッドがあります。Rogerianメソッドとは、共通の土台を求めることに基づく、対立解決のテクニックです。互いの価値観をオープンにすることで、多様な世界観と、その選択を可能にします。心理療法士 Carl Rogers が提唱した、クライエントに指示を与えるのではなく、クライエントの見解に共感し、共通の土台を求めるアプローチをもとに作られた議論の方法です。本来は、相手の考え方や感情ごと理解することで、文化や価値観の差を埋めることを目的としてこのメソッドは作られました。しかし、ここではより身近な生活におけるこのメソッドの有用性を示すために、日常生活レベルの議題を用意しました。
バスタオルは1回きりで洗うか、複数人で使うかで、意見が割れたとしましょう。まず、対立する原因をあきらかにします。ここでは、バスタオルを複数人で使用するかどうか、ということです。次に、相手の意見を確認します。例えば、「バスタオルは1回きりであるべきだ。なぜなら、濡れたバスタオルでは雑菌が繁殖しやすく、感染症などのリスクが高まるからだ」という意見があったとします。ここで、相手の意見が論理的に正しい事を説明し、なぜそのように考えるのかについて自分の考え方を述べます。例えば、「確かに濡れたタオルでは雑菌が繁殖しやすく、衛生的に良くないというのは正しい。それに、事実濡れたバスタオルで体を拭くのはあまり快いものではない。」といったことを述べます。さらに、自分の意見を続けます。ここでは、「バスタオルを複数人でつかうべき」という意見です。そして、自分の意見も論理的に正しいことを説明し、なぜそのように考えるのかについて考え方を述べます。例えば、「経済的な面で考えれば、バスタオルを複数回使った後に洗うのと、1回1回洗うのでは使う水量に明らかな差がある。そして、お金に余裕のない私達にとって、この水道代の差はとても大きなものとなる。」などです。必要なら1~5のステップを行ったり来たりします。最後に、結論として自分の立場を示し、それが何らかの理由で尊重されるべきであることも示します。例えば、「確かに衛生的な面で見れば、濡れたバスタオルを使い続けるのは良くない。しかし、経済的なことを考えれば、複数人で使うことも考慮に入れるべきだ。」などです。合意を形成する上において最低限達成するべきラインは、おたがいの意見にそれを支える論理的理由があり、その意見の存在を認めることです。バスタオルの例で言えば、お互いの意見を両立させるために「バスタオルを半分に切って使う」という解決案なら、合意を得られるかもしれません。このテクニックは、問題の解消にすぐにつながらないかもしれませんが、少なくとも、その出発点となるでしょう。
グローバル化が進み、価値観が多様化する現在、人々のスキーマも、多様化しています。様々な考えや経験を持った人と、協力して社会を成り立たせていかなければならず、どちらの認識が正しいかを争うだけでは、立ち行かなくなって行くでしょう。コミュニケーションに関連する現代社会の諸問題において、スキーマは、極めて根本的かつ重要な位置を占めています。スキーマの存在を意識し、合意の形成を目指すことが、諸問題の解決のために最低限必要なことなのです。スキーマという考え方を活用することでこれからの社会をより強く、柔軟に生き抜いて行きましょう。
これで発表を終わります。聞いてくださって、ありがとうございました。