分析的な読みを学ぶための試み ―― 自分で問題を作る
シリーズ前回では、なぜ読みの力が受験に必要なのかを説明いたしました(「【受験と向き合う】 現代文 長文読解シリーズ 1」)。
今回は、長文読解に必要な力である「分析的な読み」を習得するための試みのひとつ、「物語文を読み、自分で問題を作る」課題をご紹介します。
出題者と同じ読み方
通常、生徒たちは読解問題に答えることには慣れていますが、自分で物語を読んで問題を作るという経験は、ほとんどありません。テストにおいても、出題者がどのような意図で問題を作っているのか、考えたこともないのではないでしょうか。
問題にはそれを作った人たちがいます。彼らは、生徒がどのくらい読めているのかを試さなければなりません。そのために、分析的に文章を読み、構造を把握し、その要となる部分を問題にします。文章のテーマに関わる設問など、抽象度の高い問題ほど配点が高くなります。
問題を「作る」中で、生徒たちは、出題者と同じ読み方・考え方を体験することになります。その経験は、ただ楽しむだけの読み方から、より客観的な読みへ生徒たちを誘い、課題やテストの点数を高い水準で安定させることになります。
実際のプロセス【1】 ブックトーク
それでは、実際にどのようなプロセスで行われるのか、見ていきましょう。
次のリンク先にあるのは、芥川龍之介の作品『トロッコ』です。有名な作品ですので、お読みになった方も多いかと思います。
ブックトークで感想や考えを述べ合う
この作品をお読みになって、どのような感想をお持ちになりましたか? あるいは、どのようなことを疑問に思いましたか? 授業では、まず、そうしたことを話し合います。こうしたブックトークは、講師も含めて3人以上が参加し、それぞれの視点から意見を述べ合うことが必要です。自分の意見の他に、様々な考えに触れることが、分析的な読みを習得するための第一歩です。
次に挙げるのは、実際の授業で話し合われた話題と意見です。皆さんはどのように感じられたでしょうか。
【良平をトロッコに乗せてくれた若い土工達について】
- この土工達は、いい人達なのか
- お菓子をくれたりして、悪気のある様子はない
- なぜ、帰り道のことや時間のことを考えずに良平を連れてきたのだろう
- 良平を一人前として扱っていたのではないか → しかし、お菓子をくれたりして子供扱いしている
- 地元の人ではない、あるいは世間知らずだからではないか
- 良平について、真剣に考えていないからではないか → 無責任だ
【良平の気持ちと情景描写について】
- 気持ちと情景描写が重なっている
- 蜜柑畑の描写 → 明るい雰囲気 → 爽快な気持ち
- 高い崖、寒々とした海 → 暗い雰囲気 → 焦りや不安
- 菓子を包んでいた新聞紙の石油のにおいなども、焦りや不安を表しているのではないか
【村に入ったのに、なぜ良平は走るのをやめなかったのだろう】
- もう安全で、知り合いもいるはず
- 良平はどこに向かっていたのか → なぜ家に着くまで走るのをやめなかったのだろう
- 家族がいるから
- 良平が感じていた心細さは、家族でなければ拭えない
- 良平は、まだ子どもだ
- 家族がいるから
- 良平の感じた心細さとは何だろう
- 迷子になった時の気持ち
- 家族から離れて、ひとりきりになった
【大人になったのに、なぜ暗い路を思い出すのだろう】
- 気持ちと情景描写が重なっていた
- 暗い路 → 恐ろしさ・心細さ → ひとりきり
- どうして家族がいるのにひとりきりの恐ろしさや心細さを感じるのだろう
- 暗い路をたどれば、昔のように、お母さんや家族のいる家につながっているのだろうか
- つながっていない なぜなら、良平はもう大人だから
- では、出口はないのだろうか
講師の役割
意見交換をするにあたり、講師は、意見を出しやすい雰囲気を作ったり、さらに新しい視点を提示したりします。会話を拡げるだけではなく、適切にまとめながら進めることが大切です。
子どもの手に余るような話題については、出席者の一人として、自分の意見をしっかりと述べます。真剣に考え、同じ目線で伝えようとしてください。年齢に関係なく、伝え理解し合おうとする姿勢は、このような取り組みには大切です。 物語のテーマに気づく 話し合ううち、子どもたちは、物語に、一つの軸があることに気づきます。
『トロッコ』の場合、「暗い路をひとり帰る」という出来事の「意味」が、その軸、つまり物語のテーマになります。いったいなぜ良平は大人になっても暗い路を思い出すのでしょう。良平にとって、暗い路とは何なのでしょう。物語に没入し、良平の焦りや不安、家族の元に帰り着いた安堵を追体験できることは、とても素晴らしいことです。しかし、それだけでは足りません。テーマを考える場合、物語の外に出て、俯瞰的に構造を捉えなければなりません。
多人数とのブックトークは、物語を客観的に捉えるためには欠かせない要素なのです。
実際のプロセス【2】 問題作り
問題の例 ブックトークが終わった後、子どもたちは、問題づくりに取り掛かります。
次に挙げるのは、その一例です。
- トロッコが走りだしてから一軒目の茶店に着くまで、良平の気持ちはどのように変わりましたか?
- 良平は、なぜ村に着いても立ち止まらず、家まで走り続けたのですか?
- 良平が大人になっても暗い路のことを思い出すのはなぜだと思いますか?
問題とあわせて、模範解答も作ります。模範解答はここには載せませんが、考えてみてください。どなたかと一緒に考えてみたり、答えを話しあったりするのもよいと思います。
生徒たちは、物語の流れに沿って、問題を作っていきます。それは、これまでにたどってきた、「物語をよりよく理解するための会話・思考の道筋」に似ています。
より単純な問題を作ることもできますが、少なくとも1問は、テーマに関わる問題にするのがよいでしょう。ブックトークが終わった後、「できるだけ深く考えられる問題にしてね」と声をかけると、子どもたちは自分からそうした問題を作ります。
本番につなげる ~出題者との対話~
教室では、2つの作品を読み、比較しながら問題を作る取り組みも行なっています。一度だけで終わらせてはいけません。繰り返し取り組む中で、多くの意見や考え方に触れることが大切です。慣れてきたら、「分析的な読み」を、テストで活かせるようにつなげていく段階に入ります。
本番では、もちろん、問題を作ったりする暇はありません。しかし、これまでブックトークの参加者と行っていた会話を、出題者と交わすように取り組むことができます。実は、よくできている国語の問題は、それを解くことで作品をより深く理解できるようになっています。問題の製作者と、問題文を挟んで知恵比べをしているような感覚になってくれれば、しめたものです。
この取り組みと読書のレベル
こうした取り組みは、物語に没入する読み方がすでにできており、抽象的な考え方もある程度できている子に向いています。前回のブログの繰り返しになりますが、小中学生にとって、こうした読み方はかなり高度です。そして、適切な指導と機会がなければ、身につきません。既存の問題を解き、◯と×に一喜一憂し、解説をただ聞いているだけでは、身につけるのは難しいでしょう。
「分析的な読み」は、文章からより深い意味を引き出す能動的な読みです。その姿勢は、さらに次の読みの段階である「クリティカルな読書」へ結びついていきます。