「スイスの絵本作家 クライドルフの世界」観覧記

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2012年6月19日から7月29日まで、渋谷Bunkamuraミュージアムにて「スイスの絵本作家 クライドルフの世界」が開催されています。今回のコラムは、その観覧記です。

まずはクライドルフについて、簡単にご紹介します。

エルンスト・クライドルフ(1863-1956)は、ヨーロッパにおける絵本の黎明期を代表する絵本作家です。1863年にスイスのベルンで生まれたクライドルフは、農村にいる祖父とともに幼年時代を過ごし、花や虫を愛し、絵を描くことに熱中します。やがて石版工として腕を磨き、学資を稼ぎながら、ドイツのミュンヘンで美術学校に通い、本格的に絵を学びます。しかし過労のため体をこわしてしまい、療養のためにアルプスに移り住みます。この間に花々を主人公とした詩と絵が思い浮かび、自ら石版をつくり、1898年に絵本『花のお話(花のメルヘン)』を出版。以後、代表作『くさはらのこびと』(1902)や、白雪姫の物語と冬山の美しさを織り成した『冬のはなし』(1924)など多くの絵本を制作し、19世紀から20世紀初頭にかけてのヨーロッパにおける絵本の黎明期を代表する一人として高く評価されています。クライドルフについてもっと知りたい方は「学芸員による展覧会紹介」(Bunkamura)にどうぞ(参考:『くさはらのこびと』エルンスト・クライドルフ作、大塚勇三訳、福音館書店、2009の作者紹介より)。

クライドルフが日本に紹介されたのは、1970年と比較的最近です。大塚勇三さんの訳によって『くらさはらのこびと』(1970)、『冬のはなし』(1971)と続けて福音館書店から出版された後、矢川澄子さんの訳によって1983年に『アルプスの花物語』、『妖精たち小人たち』などが童話屋から出版されています。

ちなみにこの二人の訳者は、どちらも日本の子どもたちに多くの児童文学を紹介した著名な人物です。大塚勇三さんは、アルフ・プリョイセン『小さなスプーンおばさん』(偕成社)や、プロイスラー『おおどろぼうホッツェンプロッツ』(偕成社)など世界中で親しまれている児童文学の名作を数多く翻訳しています。矢川澄子さんは、先日ご紹介したアリスン・アトリー『むぎばたけ』(福音館書店)やブリュノフ『ぞうのババール』(評論社)シリーズなど、数多くの児童文学の翻訳をしています。

クライドルフについての本格的なの展覧会は、今回が日本で初めてということで、私もクライドルフにこの展覧会で初めて出会いました。パンフレットの絵を見てこの展覧会に行こうと楽しみにしていました。

パンフレットの絵は、『花を棲みかに』(矢川澄子訳、童話屋、1983)より「わたりどり」という作品です。展覧会のホームページにも紹介されていますので、ご覧になってみて下さい。花や虫が擬人化され、妖精の世界のように描かれています。弱々しく体を横たえたマーガレットの少女の視線の先には、色とりどりの蝶々が羽をはためかせ飛び去ろうとしています。淡い緑色のワンピースに着たマーガレットの少女の体には、イバラのように葉がまとわりつき、後ろ手に体を倒しています。金色の髪を囲む白い花びらが冠のようです。遠くの方では、かろうじて肘でだけ体を支える少女、完全に倒れている少女もいます。背景は水彩で黒く塗られマーガレットから蝶にかけて淡くグラデーションになっています。マーガレットたちはまるで力尽きて死にゆくようです。そして蝶たちは、その死の匂いを避け、自分たちの生を謳歌するために新たな世界へ飛び去ろうとしているのでしょうか。

はっきりとした線で縁取られた花や蝶と、水彩画の柔らかな風合いとが印象的で、見るものにやさしい、わかりやすい絵です。それでいて一枚の絵から想像力が掻き立てられ、物語が立ち上がってくるような感覚になります。この作品を生で見て、私はクライドルフがいっぺんに好きになってしまいました。

展覧会では、鉛筆で描かれたクライドルフの家族たち、写実的に描かれた風景やトンボやバッタの絵がある一方、その写実性に幻想的なイメージが交わり、絵本の一場面のような作品もありました。

印象的だったのは、『風炎』と題された一枚の油彩画です。

アルプスの白い峰々の向こうから、黒々とした雲をしたがえ、黒く巨大な怪物が近づいてくる様子が描かれています。それまでは写実的な風景画が並んでいたこともあり、写実性と幻想性の接点のようなこの作品が、この展覧会のマイルストーンとして配置されていました。

風炎とは、「フェーン」。すなわちアルプスの山々から吹き下ろす乾いた暖かい風をさします。展示解説によると、この暖かい風は山の積雪を溶かし雪崩を引き起こしたり、火災の原因となったりするため、その土地に住む人々から恐れられているそうです。

風景を写実的に描くだけでなく、こうした自然現象を擬人化して描く=物語ることによって、その土地の人々にとっての本質を描こうとした作品なのではないかと思います。もしこの展覧会へ行かれたら、少し思い出していただければ幸いです。

絵本の原画も先ほどご紹介した『くさはらのこびと』、『冬のはなし』など14の絵本や詩画集が展示されていました。茶色く変化した厚紙の質感に百年の月日を感じます。

原画だけではなく、絵本も12点出展されており、子どもがイスに座って自由に読むことのできるようになっています。ぜひ、親子で足を運んでみてはいかがでしょうか。

教室でも『くさはらのこびと』を購入しました。今度の「絵本の読み語りの会」で読みたいと思います。お楽しみに。

追記

同じく「クライドルフ展」に行った小5・Y君が、「クライドルフの思い」Y君(小5)」を書いてくれました。次回、ご紹介いたします。

この記事を書いた人: リテラ「考える」国語の教室

東京北千住の小さな作文教室です。「すべて子どもたちが、それぞれの人生の物語を生きていく力を身につけてほしい」と願いながら、「読む・書く・考える・対話する」力を育む独自の授業を、一人ひとりに合わせてデザインしています。

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