【本の紹介】『「大発見」の思考法』 iPS細胞vs素粒子

今回ご紹介する書籍は、2012年iPS細胞を生み出し、ノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥教授と、トップクォークの存在を予言し、ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英教授の対談をまとめた『「大発見」の思考法』です。


iPS細胞とはなにか、将来どんな事に役立つのか、どのようにして生まれたのかなど、ノーベル賞を受賞した「大発見」について、山中教授と益川教授の対談で、わかりやすく紹介されています。

そして、本書のおすすめポイントは、当教室が掲げている、「子どもたちが言語技術を習得することの重要性」について、科学者ならではの視点と言葉で語られているところです。

読解力や論理的思考は、教科としての国語だけではなく、全ての教科を学ぶための基礎となります。本書では、山中伸弥教授と、益川敏英教授が、数学や科学の世界を理解するための国語力はもちろん、世界で競うためのプレゼンテーション能力や、大きな研究を成し遂げるためのコミュニケーション能力を身につけ高めていくことの大切さについて、ご自身の経験をもとに書かれています。

国語力はすべての基本

突然ですが皆さん、次の問について考えてみて下さい。

Q. 「椅子の脚では、四本脚と三本脚では、三本脚は安定するが四本脚は安定しない。なぜか?」

実はこの問題は、数学の才能にあふれる山中教授が、中高生活6年間の試験で、唯一解けなかったという問題だそうです。

答えは、次の通りです。

A. 平面は三点から決まる。故に、四点では平面が決まらず、椅子の脚が四本あると平面からはみ出してしまう可能性がある。

四本脚は安定しない?

tripod

まず、問題に疑問を覚えた方は多いのではないでしょうか。 私たちが日常使っている多くの椅子は、四本脚です。実際に座ったことがある方はわかるかと思いますが、三本脚の椅子に座って体を傾けてみると、すぐにバランスを崩してしまいます。ですから、「四本脚は安定しない」と言い切る問題に対し、「そんなことはない」と言い返したくなります。

しかし、よく考えてみれば、四本脚の椅子は、確かによくガタつきます。脚の一本が数ミリでも削れてしまえば、椅子に座っていてもガタガタと揺れてしまいます。それでは、三本脚はどうでしょう。どこかの脚が短い場合、座面は傾きますが、「ガタガタと」揺れることはありません。傾いた状態のまま、安定しています。

たとえば、もしカメラの三脚が四本脚だったら、すべての脚の長さを揃えるまで、ガタガタと揺れて使い物にならないでしょう。素早く設置し、カメラのブレをなくすためには、「三脚」が一番適しているのです。

ですから、問題を、次のように書き換えることもできます。

「カメラを支える脚では、四本脚と三本脚では、三本脚は安定するが四本脚は安定しない。なぜか?」

椅子をカメラの三脚に置き換えると、私たちの日常感覚に沿った問題となります。

何を問われているか?

ここで重要なことは、この問題は、私たちの日常における「椅子の使いやすさ」を聞いているわけではない、あくまで、「平面の安定」について問われているのだ、ということです。

仮に、この問題に「椅子」という言葉が使われていなければ、山中教授も簡単に解答していたかもしれません。三点によって面が決定することは、山中教授も知っていたはずです。そこに一点が加わることによって、面が一つに定まらなくなる可能性も、数学的知識としては知っていたのでしょう。

しかし、そもそも、バランスの崩れた椅子というのは、日常的に使用することはほとんどありません。そのため、この文を読んだ山中教授は、ごく普通の椅子、四点が同一平面上で地面と接する椅子を思い浮かべたのでしょう。その結果、三本脚よりも四本脚の方が不安定であるという問題文の意図が読み解けなかったのだと思われます。

つまり、数学の問題としてよりも言葉の問題としてつまずいてしまったのです。

対談の中で山中教授、益川教授は、そろって国語力、読解力の大切さを語っています。

そう、科学の基本は国語ですよ。何にしてもすべて文章の言葉から入ってくる。読んでその世界が頭に思い浮かべられるかどうか。その力があれば、理解していける。そのあとは、吸収した知識を頭の中で思い描いて発展させいけるかどうか。数学は「計算するもの」というイメージがあるかもしれないけれど、数式は基本的には言葉なんです。数式とは「かくかく、しかじかの関係がある」とか、「○○という事実を表している」ということを語っていて、そのことを組み合わせて発展させれば、答えになる。だから、言葉が大切なんです。

『「大発見」の思考法』 (著:山中 伸弥、益川 敏英/文春新書/p59.60より)

「大発見」をするためには、どのようなものの捉え方、考え方、感じ方をするべきかということが、お二人の幼い頃の生い立ちから、研究過程にいたるまで、成長の物語として語られているのが本書の最大の魅力です。

そして、本書を読むことで、どんな生き方にも、論理的思考や読解力、プレゼンテーション能力などの国語力が大切なのだということを改めて実感することができます。科学が好きな人も、苦手という人も、自分自身の社会生活や、生い立ちとリンクさせながら、新たな科学の魅力を発見できる一冊です。

科学の道に興味を持ち、将来の担い手となる若者が増えて欲しいと願わずにはいられないこの本を、当教室では、中高生に紹介しています。皆様も是非、ご覧になってみてください。

この記事を書いた人: リテラ「考える」国語の教室

東京北千住の小さな作文教室です。「すべて子どもたちが、それぞれの人生の物語を生きていく力を身につけてほしい」と願いながら、「読む・書く・考える・対話する」力を育む独自の授業を、一人ひとりに合わせてデザインしています。

タグ:
カテゴリー: 教育コラム

リテラ言語技術教室について

menu_litera