あたたかい、かぐわしい夏のゆうべに一匹のハリネズミが、歌を口ずさみながらムギ畑に向かって野道を歩いてゆきます。途中で出会ったノウサギのジャックじいさんやカワネズミを道連れに、野道に息づく草木の香りや遠くの小鳥のさえずりを楽しみながら。
そんな心地良い夜は、普段よりも一層、様々な感覚が敏感になるものです。
この教室では、低学年段階で、五感を使って書く「観察作文」という取り組みをしていますが、もしも「五感を使って読む」というテーマで、本をおすすめするとしたら、私はこのアリスン・アトリーの『むぎばたけ』をおすすめします。
ハリネズミ、ノウサギ、カワネズミといった小さな生き物たちは、私たちが普段見逃してしまうような、かすかな気配にも気がつき、それらを愛でたり、楽しんだり、あるいは恐れたりしているようです。
この絵本を読む子どもたちも、こうした小さな動物たちと一緒に、感覚を開きながらこの野道を歩みます。
そして、そうした豊かな感覚をもって、夏の夜に輝く金色の麦畑が奏でる「音楽」を聞いたらどうでしょう。普段では聞き取ることのできないような「うた」を聴くことができるかもしれませんね。
作者のアリスン・アトリーは、1884年にイギリスのダービーシャー州で生まれ、幼年時代を豊かな自然とともに過ごします。そうした経験がこの『むぎばたけ』や、ケルト民話のような幻想的な短編作品集『氷の花たば』、息子のために書いた『グレイ・ラビット』シリーズなどの作品たちの源泉になっているのでしょう。また、その他にもタイム・ファンタジーの先駆的な作品「時の旅人」など小学校高学年や中学生にとっても読み応えのある数多くの物語を書いています。
ロンドンから少し離れた田舎の豊かな自然を、あえて夜を舞台に、小さなものたちの視点から描くこの作品は、読書の途中でしおりを差し込むように、都市生活者の日常を少し立ち止まって見直すきっかけをあたえてくれます。
時々、思い切って目を閉じて、耳をすましたり、音を聞いたり、肌で風を感じたりして、身の回りの様子を観察してみてください。
すると、本当にそれまで見ていなかったいろいろなものが、「見えて」くるかもしれません。