ブラティスラヴァ世界絵本原画展ー広がる絵本のかたち 観覧記

今回は、埼玉県さいたま市にある「うらわ美術館」で行われた企画展の観覧記です。

うらわ美術館の会期は、9月2日まで。その後、千葉美術館にて9月8~10月21日の会期で開催されます。

ブラティスラヴァ世界絵本原画展とは

スロヴァキア共和国の首都ブラティスラヴァで2年ごとに開催される「ブラティスラヴァ世界絵本原画展」(略称 BIB)は、隣国のチェコ共和国と合わせてひとつの国・チェコスロヴァキアであった1967年、ユネスコと国際児童図書評議会の提唱により始まりました。2011年秋に第23回を迎え、歴史ある世界最大規模の絵本原画コンクールとして知られています。実際に出版された絵本の原画を審査対象にするため、世界各国から完成度の高い作品が一堂に会し、毎回見応えのある展示となっています。さらに近年では、力のある若手作家たちの、より実験的で多彩な表現も多く見られるようになってきました。

ボローニャ国際絵本原画展が絵本画家への登竜門であるのに対し、 BIBはすでに活躍している絵本画家のコンクールです。日本は1967年の第1回から出展しており、近年は国内数か所の美術館等で、巡回展が開催されています(参考:千葉市美術館-展覧会情報国立国会図書館リサーチナビ)。

企画展は次のような四部構成になっていました。

  1. ブラティスラヴァで行われた国際審査によって決定したグランプリをはじめとする受賞作品の展示
  2. 日本からの出品作品
  3. 地元スロヴァキア共和国の現代の幅広いイラストレーション作家の展示
  4. 明治から現代までの様々な日本のしかけ絵本の展示

第一部では、たくさんの絵本の原画とともに、 スロヴァキア 語訳されたものと作家の母国で出版されたもの二種類の絵本も置かれています。日本語訳のあるものは少数でした。そのため、この原画展の趣旨(=文ではなく絵そのものが審査対象)にあった楽しみ方ができました。また各作品の展示の先頭に簡単な物語のあらすじもあるので、その絵本の世界観を理解しながら、描かれている場面を推測することもできます。

今回の観覧記では、この第一部で特に印象に残った三冊の絵本について紹介したいと思います。

チョ・ウンヨン 『はしれ!トト』 【グランプリ】

【グランプリ】チョ・ウンヨン『はしれ!トト』より 2010年 cEun young Cho

【グランプリ】チョ・ウンヨン『はしれ!トト』より 2010年 cEun young Cho

女の子がおじいさんに連れられて初めて競馬場を訪れる、というユニークなシチュエーションのお話です。競馬場には、油断したら迷子になってしまいそうなほどの人、人、人。タバコを吸っているヒゲの生えたおじさんや熱心に何かにメモを書き込むおじさん、興奮した様子でスクリーンに映るレースの模様に釘付けになるおじさん、まるでおじさんの見本市です。独特の熱気の充満した、少し危険な香りのする大人の世界に踏み込む主人公の女の子の緊張感が伝わってきます。

画面一杯に立つ大きな馬。小さな女の子に覆いかぶさるような大きさで描かれた馬の姿から、初めて間近で馬を目にした女の子の新鮮な驚きが感じられます。力のこもった絵筆のタッチ、あらわな指紋、飛び散る絵の具。馬の疾走するシーンも躍動感があり、力強く描かれていて、言葉の壁を超えてわくわくしてくる作品でした。

韓国は絵本文化が根付いてからわずか20年だそうです。韓国の経済成長と同じように、絵本産業もまた、短期間のうちに発展しているのでしょう。そのためか、他の韓国の絵本作品を見ても、実験的な作風のものが多いように見られました。

この作品は、残念ながらまだ日本語訳されていませんがiPhoneやiPadのアプリとしては、購入できるようです。実物の絵本とはまた異なりますが、新しいメディアを積極的に活用している点からも韓国の新しい絵本文化をみることができそうです。

ジャニク・コアト 『わたしのカバ』 【金のりんご賞】

【金のりんご賞】ジャニク・コアト『わたしのカバ』より 2010年 cJanik Coat

【金のりんご賞】ジャニク・コアト『わたしのカバ』より 2010年 cJanik Coat

ディフォルメされた赤いカバをモチーフに、さまざまな言葉の属性を適用させていく、実験的で楽しい絵本でした。 たとえば、「不透明の」-「透明な」という対になる言葉をテーマしたページでは、緑色の地面に立つ青い家の前に、赤いカバが立っています。ページの左側にはっきりと塗りつぶされたカバが、右側に幽霊のように透けて、背後の家の様子が見えるようになっているカバが描かれています。「はっきりとした」-「ぼやけた」では文字通り、カバの輪郭が変化します。

言葉と現実とがどのように関わっているのかを視覚的に理解できる、優れた絵本です。幼稚園くらいのお子さんにちょうどよい本ですので、ぜひ日本語訳も出版してほしいですね。またカバとわかるぎりぎりのところまでディフォルメされているのもおもしろいです。

たとえのことば (言葉図鑑( 7))

この原画を見ていると、五味太郎さんの『言葉図鑑⑦たとえのことば』という絵本を思い出します。この絵本は、ライオンをモチーフにさまざまなたとえの言葉を使って、対象を変化させていきます。たとえば、「まるで、人間のようなライオン」は、コーヒーカップを片手に、ねそべって新聞を読むライオンが描かれています。ほかにも様々なたとえの言葉が登場し、低学年から比喩表現について楽しみながら身につけるのに最適の本です。

いまいあやの 『くつやのねこ』 【こども審査員賞】

【子ども審査員賞】いまいあやの『くつやのねこ』より 2008年 cいまいあやの

【子ども審査員賞】いまいあやの『くつやのねこ』より 2008年 cいまいあやの

この作品は、やわらかなタッチと落ち着いた色合いが目に優しく、思わず表紙に書かれた猫を撫でたくなりますね。猫の背後にある靴も、しっくりと足に馴染みそうです。物語はシャルル・ペローの『長靴をはいた猫』から着想を得たそうですが、くつやならではの作品になっています。

ある靴屋で一匹の猫が飼われていました。猫は仕事がなくて困っている靴屋のために、お城にすむ怪物から仕事をもらってきます。姿を自在に変えることができる怪物は大小さまざまな靴を注文しますが一向に代金を払おうとしません。しかし、猫は知恵を働かせて、事態を解決してしまいます。 ペローの童話だけでなく、日本の昔話などにも見られる巧みな物語の展開が、読み手を惹きつける優れた作品です。

作者のいまいあやのさんは、イタリア・ボローニャ国際絵本原画展にも幾度も入選し、『2011年度版 この絵本が好き!』(別冊太陽編集部/編)で「2010年刊 国内絵本」の一位となるなど、国内外で高い評価を得る若手絵本作家として注目を集めています。

リテラでは、まずは「良質な物語」としての絵本を揃え、子供たちに読んでもらいたいと考えていますが、同時に「優れた一幅の絵」も子どもの想像力を刺激し豊かな物語世界が立ち上がらせることができる、ということを改めて実感する機会となりました。

『ブラティスラヴァ世界絵本原画展』 詳細

ブラティスラヴァ世界絵本原画展―広がる絵本のかたち

うらわ美術館

  • 会 期 = 2012年?7月14日(土)-9月2日(日)
  • 休館日 = 月曜日(但し、7月16日の月曜は開館)、7月17日
  • 開館時間 = 10時~17時、土曜日・日曜日のみ~20時(入場は閉館30分前まで)
  • 観覧料 = 一般 600(480)円  大高生 400(320)円  中小生 無料
    • ( )内は20名以上の団体料金
    • リピーター割引:観覧済の有料観覧券を提示すると、団体料金でご覧いただけます(本展観覧日から1年間、1名様、1回限り有効)
  • 主 催 = うらわ美術館、読売新聞社、美術館連絡協議会
  • 協 賛 = ライオン、清水建設、大日本印刷、損保ジャパン、日本テレビ放送網
  • 協 力 = スロヴァキア国際児童芸術館(BIBIANA)、(社)日本国際児童図書評議会(JBBY)、日本通運
  • 後 援 = スロヴァキア共和国大使館、NHKさいたま放送局、FM NACK5、 REDS WAVE 78.3FM 1

千葉市美術館

  • 会 期 = 2012年9月8日(土)?10月21日(日)
  • 休館日 = 第1月曜日(10月1日)
  • 会 場 = 千葉市美術館7階展示室
  • 開館時間 = 10:00 -18:00(毎週金・土曜日は20:00まで)
    • 入場受付は閉館の30分前まで
    • 開館時間は節電等のため変更となる場合がございます
  • 観覧料 = 一般800円(640円)/大学生560円(450円)
    • 小・中・高校生、障害者手帳をお持ちの方とその介護者 1 名は無料
    • ()内は前売、団体 20 名以上、および市内にお住まいの 60 歳以上の方の料金
    • 前売券は、千葉市美術館ミュージアムショップ ( 9 月 2 日まで )、ローソンチケット ( L コード:36271)、セブンイレブン ( セブンコード:018-324) 、千葉都市モノレール「千葉みなと駅」「千葉駅」「都賀駅」「千城台駅」の窓口にて (10月21日まで)販売。
    • 10月18日(木)は「市民の日」につき無料開放
  • 主 催 = 千葉市美術館 読売新聞社 美術館連絡協議会
  • 協 賛 = ライオン 清水建設 大日本印刷 損保ジャパン 日本テレビ放送網
  • 協 力 = スロヴァキア国際児童芸術館 (BIBIANA) (社)日本国際児童図書評議会(JBBY) 日本通運
  • 後 援 = スロヴァキア共和国大使館
この記事を書いた人: リテラ「考える」国語の教室

東京北千住の小さな作文教室です。「すべて子どもたちが、それぞれの人生の物語を生きていく力を身につけてほしい」と願いながら、「読む・書く・考える・対話する」力を育む独自の授業を、一人ひとりに合わせてデザインしています。

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