【本の紹介】『小さな町の風景』(杉みき子作/偕成社)――本をめぐる旅

物語の風景に会いにいきました

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11月下旬、『小さな町の風景』という物語の舞台となった、新潟県高田市(現、上越市)に、物語で描かれた風景をもとめて旅をしてきました。

豪雪地帯として有名な高田の町には、今でも民家の軒先に雁木(がんぎ)という、家々が軒先の庇をつなげて作ったアーケードが残っています。そうした雪深い町の中に、物語に登場する大木や橋、風見鶏が何気なく存在いています。もしも、『小さな町の風景』を読んでいなければ、それらが目に止まることはなかったでしょう。何の変哲もない場所が、そこにまつわる物語を聞いた時から、特別な場所に思えてきます。小さな町の風景に思いを馳せ、物語を深く味わうという貴重な体験ができたのは、本をめぐる旅に誘ってくれた、杉みき子さんの物語のお陰です。

杉みき子さんが暮らす『小さな町の風景』

『小さな町の風景』(偕成社)には、45話の物語と小品が、「坂のある風景」から「海のある風景」までの8章に収められています。作品の舞台となる新潟県高田市は、雪深い山と日本海に囲まれた城下町です。そして、物語には、この町に暮らす杉みき子さんの思い出の風景と共に、少年少女や、その成長を見守る鳥や樹木、さらには風見鶏や電柱、火のみやぐらといった町の様々なものたちが登場します。


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杉みき子さん(すぎみきこさん)
1930年12月25日生まれ。 新潟県上越市出身の児童文学作家。 幼い頃から本を読むことが好きで、同郷の童話作家、※小川未明の作品に触れ、感銘を受けたことで自身も童話作家を志す。
代表作:『わらぐつの中の神さま』『レモンいろのちいさないす』

※小川未明:新潟県高田市(現、上越市)出身の小説家・児童文学作家。「日本のアンデルセン」「日本児童文学の父」と呼ばれる。代表作:『赤い蝋燭と人魚』『雪くる前の高原の話』

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『小さな町の風景』(偕成社)にサインを頂きました。

「ここは わたしの町 小さな地図に 花のしるし 杉みき子」

そして、向かって左のページにも言葉が綴られています。

「ここは わたしの町 小さな旗をたてる
ここは わたしの町 小さなくつで歩く
ここは  わたしの町 小さな歌がひびく
ここは  わたしの町 大きな虹がかかる」

(『小さな町の風景』 (著:杉みき子/偕成社/はじめに より)

物語の風景をもとめて

『小さな町の風景』の物語に登場する場所をご紹介します。

塔のある風景『風見鶏の見たもの』

~夕日に輝く海。それは、未知の世界へのあこがれ~

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あらすじ

町には三羽の風見鶏がいた。ひとつは、銀行の三角塔のてっぺんで、風のまにまにまわりなが ら町の様子を眺める銀色の風見鶏。もう一つは、光を浴びて輝こうと、一日中太陽を追っかける  写真館の金色の風見鶏。そして、最後は一日中動くことなく、西の方角をじっと見つめるレストラ ンの木の風見鶏だ。レストランの風見鶏が何を見つめているのか気になっていた銀行と写真館  の風見鶏は、ある日の夕暮れ、遂にその正体をみつける。それは、沈む夕日ともに宝石のような 青い輝きをはなっている海だったのだ。

写真館の風見鶏

「小熊写真館」は、物語に書かれた通り、童話に出てくるお城のような建物です。「杉みき子さんも買い物の時、お店の前の通り歩いているよ」と、気さくなお店の人が教えてくれました。

橋のある風景『よろこびの橋』

~たくさんの夢を思い描く、幸せな少女時代~

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あらすじ

町のはしっこにある小川には『歓喜橋』という小さな赤い橋がかかっていた。幼い少女は、「歓喜」とは喜ぶという意味だと教わると、この橋はよろこんでいる人しか渡ってはいけない橋なのだと勘違いをしてしまう。そして、長い間、橋を渡れず悔しい思いをしていたが、願いは突然叶えられることとなる。ある秋の日、友だちの家にあそびに行く途中、きんもくせいの香りに包まれた少女はすっかり嬉しくなり、その気持が消えぬ前に、『歓喜橋』へとかけだし、そのまま一気に渡りきってしまった。溢れんばかりの喜びの中、少女は、不思議なことに気が付く。「よろこびの橋というのは、よろこぶ人が渡る橋じゃなくて、渡った人がよろこぶんじゃないかしら。」そして、「よろこびの橋」は、少女にとって渡るびに穏やかな喜びが込み上げてくる特別な橋となった。

歓喜橋

小川には何本のもの小さな橋がかかっていますが、赤く立派なものはこの歓喜橋だけです。名前は近くのお寺に由来しているそうです。そして、この橋からは、写真館の風見鶏が見えます。

子どもたちと『小さな町の風景』

教室では小学校中学年から、良質な読書経験のできる本として『小さな町の風景』をすすめています。自然に囲まれた町の中で、様々な生命に見守られながら大きく成長していく子どもたちが描かれた本書は、長くにわたり親しまれてきました。また、課題図書として紹介されたり、小学校の国語の教科書や、私立中学校入試問題として採用されるなど、高く評価されています。

しかし、多くは『小さな町の風景』の中の一作品のみの掲載のため、それ以外の作品に触れる機会はなかったという方が大勢いらっしゃると思います。一作品ごとでも十分に良さを味わえますが、『小さな町の風景の』本当の面白さは、一冊を通して読んでこそ味わえるものなのです。本書を読み進めていくにつれて、一見バラバラにみえる作品同士が実は、幾つものつながりを持っていることに気づきます。例えば、『あの坂をのぼれば』で少年を海に導いたかもめが、『ふたたびかもめ』では、力強く羽ばたく姿で少年に生きる力を与える役目として登場します。このように、たくさんの発見をしながら一冊を読み終わった時、作品同士の響き合いとともに物語全体のテーマを味わうことができます。『小さな町の風景』を読んだ子どもたちの多くが、読書そのものが好きになっていきます。それは、単純に出来事の新奇さを楽しむだけのこれまでの読書とはひと味ちがう、物語の深い世界観に導いてくれる読書の経験ができたからでしょう。

今回、物語の舞台を訪ねてきたという話は、教室の子どもたちに新しい刺激を与えることとなりました。教室では「小さな町にいってみたい!」「杉みき子さんのお話を聞きたい!」と、どの子も目を輝かせています。既に本を読み終わった生徒も、「もう一度読みたい!」と、興奮気味に本をひらいていました。きっと、一度目に読んときのことを思い出しながら、さらに新しい色鮮やかな景色を楽しんでいた様子です。

読む度に、新しい発見、新しい風景が見えてくるこの物語は、たくさんの人とその風景について繰り返し語り合うことで、より深く味わうことができます。是非、ご家庭でも子どもたちと一緒に『小さな町の風景』読んで語り合ってみてください。

「学びの旅」と読書のすゝめ

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夢中で読んだ物語の舞台に赴き、思いを馳せる……。 これも、読書の醍醐味の一つです。

子どもたちに、そのような体験をたくさん味わってもらいたいと、教室では『小さな町の風景』以外にも、富安陽子さんの暮らす大阪府箕面市(みのおし)が舞台となった『空へつづく神話』(偕成社)や、E.L.カニグズバーグのニューヨークのメトロポリタン美術館に家出をする姉弟の物語『クローディアの秘密』(岩波少年文庫)など、いつか物語の舞台を旅してみたいと思えるような素敵な本を紹介しています。

ご家庭でも家族旅行の前に旅にまつわる物語や伝記を、お子さんと一緒に読んでみてはいかがでしょうか。旅行に行くのが待ち遠しくなるのはもちろん、たくさんの発見や不思議に出会える、いつもとはひと味違った「学びの旅」を経験できますよ。

この記事を書いた人: リテラ「考える」国語の教室

東京北千住の小さな作文教室です。「すべて子どもたちが、それぞれの人生の物語を生きていく力を身につけてほしい」と願いながら、「読む・書く・考える・対話する」力を育む独自の授業を、一人ひとりに合わせてデザインしています。

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カテゴリー: 教育コラム

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