【ブックレビュー】『岸辺のヤービ』(梨木香歩)

岸辺のヤービ (福音館創作童話シリーズ)

内容紹介

マッドガイド・ウォーターという湖沼の近くにある寄宿学校につとめる先生は、沼の岸辺にうかべたボードの上で、クーイ族の小さな男の子に出会います。クーイ族とは、人間には知られていない、手のひらほどの小さな種族です。直立歩行したハリネズミのようなヤービに、先生がおそるおそる、ミルクキャンディーをわたすところから、この物語は始まります。命をうばって生きるという「自分の存在のつみぶかさ」になやむセジロや、タガメにストローを売って生活することになやむトリカたちとかかわりながら、ヤービはマッドガイド・ウォーターでいきいきと暮らしています。

ブックトークのヒント

読む前に話し合いたいこと

カヤネズミって、知っていますか? 知らなかったら、次の画像を見てみましょう。ヤービは、カヤネズミくらいの大きさだそうですよ。こんなに小さな生き物と友だちになれたら、うれしいですね。
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読んだ後に

  • パパ・ヤービは、生きるために命をうばうことにくるしくなると、どうして、「いただきます」の前に、「大切に」という言葉と、後に「から」をつけるのだと思いますか?
  • マミジロ・ヤービは、「パパ・ヤービ」「ママ・ヤービ」という一族の名前(苗字のようなもの)や、関係性を示す名前(パパ、ママなど)などの代々続く名前だけではなく、その人だけが持っている名前もあるほうがいいのではないか、と考えました。あなたは、名前がなくなってしまって、苗字だけになったり、名前ではなく「◯◯君のママ」、「◯◯さんのパパ」、という呼び方だけになったら、どんな感じがすると思いますか?

この本について

キーワード:自然 生命 

この物語は、自然の営みの中で、人知れず生きるクーイ族のくらしを垣間見た先生の手記です。

マッドガイド・ウォーターに住む生き物たちは、人間の活動による影響をふくめた、さまざまな環境の変化に、しなやかに適応しながら暮らしています。たとえば、牧草地の水飲み場の位置が変われば、それに合わせてその周りで暮らす生き物たちの生き方も変わっていくのです。しかし、クーイ族全体がそれまでの生活を捨て、新たな生活の仕方へと変えなければならないほどの、大きな変化の兆しがあるようです。

この物語における自然とは、人間の対立するものではありません。物語を通して、生きもの同士の小さなつながりや、生きものたちと人間たちとのつながりを一つの連なるものとしてとらえられたとき、「自然」とは「私たち自身」なのだと気がつくことができます。近づきつつある、大きな変化に、「私たち」はどのように向き合っていくべきか、その答えは簡単には見つかりませんが、慎重に見定めようとする態度が、物語の最後に、ヤービの印象的な台詞となって現れます。(それが何かは、お楽しみに。)

ヤービは、新しい出会いの中で、新しい言葉を知り、新しい価値観に触れながら、自分自身の内面の世界も広げていきます。心と言葉で受け止めながら、様々な体験をしていくのです。

登場人物も魅力的です。大人も子どももそれぞれに、喜びや楽しみがあり、苦悩や困難を抱えていて、人生の奥行きを感じさせます。そして、それぞれの問題に対して、作者は解決をいそがず、慎重に向き合っていきます。

本作は、「マッドガイド・ウォーター」シリーズの第一巻のとのこと。物語は一応の結末を迎えはしますが、大きな物語の第一幕が上がったところのようです。先生やその他の人間たちとヤービたちとの関係は? 地下迷路解読部隊の探検の成果とトリカたちの仕事は? マミジロ・ヤービの詩は、完成するのでしょうか? 続刊が楽しみです。

この記事を書いた人: リテラ「考える」国語の教室

東京北千住の小さな作文教室です。「すべて子どもたちが、それぞれの人生の物語を生きていく力を身につけてほしい」と願いながら、「読む・書く・考える・対話する」力を育む独自の授業を、一人ひとりに合わせてデザインしています。

カテゴリー: ブックレビュー

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